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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)822号 判決 1964年5月22日

控訴人(附帯被控訴人) 西条みよ子

被控訴人(附帯控訴人) 野間覚

主文

原判決第一項を取消す。

被控訴人の所有権移転登記請求、及び所有権移転登記に対する同意を求める請求は、いずれもこれを棄却する。

被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴はこれを棄却する。

訴訟費用は第一、二審(附帯控訴費用を含む)とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人と称する)代理人は、控訴につき、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を、附帯控訴につき附帯控訴棄却の判決を求め、

被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人と称する)代理人は、控訴につき、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めると共に、予備的請求として「控訴人は被控訴人が原判決末尾目録記載物件につき、昭和三三年六月六日神戸地方法務局受付第九一一一号を以て為された所有権移転請求権保全の仮登記に基く本登記をするにつき同意せよ。」との請求を追加し、附帯控訴につき、「原判決中被控訴人敗訴部分を取消す。控訴人は被控訴人に対し、原判決末尾目録記載の建物の二階部分を明渡せ。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、

被控訴代理人において、事実関係につき、(1) 被控訴人の本位的請求である控訴人に対し本件物件につき所有権移転登記を求める請求についての請求原因は、(イ)訴外桜井一雄が控訴人から昭和三一年一二月八日代物弁済により本件物件の所有権を取得したこと、(ロ)仮にそうでないとしても、桜井が訴外今田太一郎から昭和三一年一二月一五日付の書面による代物弁済予約完結意思表示によつて、昭和三二年一月二五日右物件の所有権を取得したこと、(ハ)被控訴人は右桜井から昭和三三年六月五日同人が右(イ)又は(ロ)によつて取得した本件物件を代金一二万円で買受けその所有権を取得し同月六日所有権移転請求権保全仮登記を経由し、かつ桜井は中間省略登記に同意していることを理由とし、(2) 予備的請求である控訴人に対し本件物件につき被控訴人の所有権移転本登記につき同意を求める請求についての請求原因は、桜井が今田に対して所有権移転請求権保全の仮登記に基く権利を有していたところ、被控訴人が桜井から前記(1) の(ハ)と同時に右権利を譲受け、同月六日右仮登記の移転のための附記登記を経由し、控訴人に優先する順位を保全したので、被控訴人が今田に対し右仮登記に基く本登記を請求し、その登記を為すについて、控訴人が利害関係を有する第三者に該当するので、右本登記の同意を求めるものである。被控訴人が直接に控訴人又は今田から所有権を取得したことは主張しない。控訴人は本件建物の二階部分を占有中である。控訴人主張の代物弁済の公序良俗違反による無効の抗弁は否認する。本件建物は甚だ古く、柱土台は腐朽に瀕し、雨漏りがして控訴人主張のような価値を有するものではない。また代物弁済の評価は本件物件以外に及ばない。と述べた。立証<省略>

控訴代理人において、事実関係につき、被控訴人主張の(1) の(イ)(ロ)(ハ)及び(2) の事実はすべて否認する。控訴人が本件家屋の二階部分を占有していることは認める。仮りに昭和三一年一二月八日桜井と控訴人との間に、被控訴人主張のような約定が為されたとしても右約定中本件物件を代物弁済に供することを約した部分は、債権額一二万円に対し、当時六〇万円の価格を有していた本件物件及び神戸市兵庫区荒田町三丁目一三五番地の一地上の家屋番号六八八番の四、木造瓦葺二階建店舗一棟、建坪六坪九合、二階坪六坪五合の建物をも共に代物弁済の目的とし、しかもその期限は契約時から僅か一ケ月と一七日に過ぎぬ短期間に履行すべきものと定め、経験のない控訴人を軟禁してこれに応諾せしめたものであるから、公序良俗に反し無効である。と述べた。立証<省略>

理由

先ず被控訴人の本位的請求について按ずるに、被控訴人は、訴外桜井一雄が(イ)控訴人から昭和三一年一二月八日、又は(ロ)訴外今田太一郎から昭和三二年一月二五日本件建物(原判決末尾目録記載のもの、但し、その建坪は、成立に争のない甲第一号証によれば建坪六坪九合、二階坪六坪五合を正当と認むべきである)の所有権を取得し、さらにこれを被控訴人が昭和三三年六月五日譲受けたことを理由として、被控訴人より控訴人に対し、直接に右物件の所有権移転登記(その登記原因は特にこれを明らかにしないが)を求めるものであるところ、右請求に係る登記は、被控訴人主張の本件物件の物権変動に徴すると、明らかにいわゆる中間省略の登記に属するものであるが、かような登記請求権を有する根拠として、被控訴人は中間者たる右桜井の同意の存在を主張するのみで、当初の物権変動の当事者たる控訴人((イ)の場合)、又は今田太一郎((ロ)の場合)の承諾の存在については、その主張も立証もしないから、仮りに被控訴人主張の通りの物権変動が認められるとしても、被控訴人の主張事実からは、被控訴人の求める中間省略登記は許容することができない。けだし、不動産物権変動の登記は、その物権変動を生ぜしめた者が、その効力完備のために、そのことより当然に負担する対外的公示手続であるから、その物権変動を生ぜしめた登記義務者は、本来自己の関与した当該物権変動に関してのみ、即ちその相手方に対してだけ、その物権変動の内容に符合した公示方法を履践するの義務を負担するに止まるもので、その他の者就中右物権の移転の後者たる転得者に対して自己の直接に関知しない後者相互間の物権変動を加味した異なる当事者と内容に基く公示方法を履践する義務を負担するいわれはないからである(その限りにおいて、当初の物権変動を生ぜしめた登記簿上の名義人は、その物権移転の後者に対する関係においては、その登記義務を遅滞している場合においても、単に登記名義と実質的権利との不一致を原因とする登記名義の変更義務を負担しないものと解すべきである)。よつて被控訴人の本位的請求は、その請求原因事実の存否につき判断するまでもなく失当たること明白であるから、これを認容することができない。

次に被控訴人の予備的請求につき判断する。この点につき被控訴人の主張する請求原因事実は、訴外桜井が今田より昭和三二年一月二五日本件建物の所有権を取得したのち、被控訴人は昭和三三年六月五日桜井から本件建物を買受けその所有権を取得すると同時に(右所有権は完全な対抗力のないものであつたので)さきに桜井が今田に対して有していた所有権移転請求権保全の仮登記に基く権利(昭和二九年七月三日の代物弁済予約を原因とするもの)をも譲受け、その対抗要件として右仮登記につき附記登記を経由したので、被控訴人より今田に対し右仮登記に基く本登記を履践せしめるにつき、控訴人の同意を求めるというに在る。ところで被控訴人が控訴人に対して同意を求める請求は、被控訴人が今田に対し仮登記に基く本登記請求権を適法に有していることを前提とすべきであるが、被控訴人の主張によれば、被控訴人は今田から直接所有権を取得したのではなく中間者たる桜井を経て取得したと言うのであるから、被控訴人から直接今田に対する仮登記に基く本登記請求は所謂中間省略登記の請求に該当するところ、被控訴人から直接今田に対する中間省略登記が許されないことは、前記説示のとおりであるから、被控訴人が今田に対して仮登記に基く本登記請求権を適法に有していない以上、控訴人に対し同意を求める請求は、その前提を欠くものとして失当である。のみならず桜井が今田に対し被控訴人主張のような代物弁済予約を原因とする仮登記上の権利を有していたと仮定すれば、右の権利は桜井が今田との関係で同人より右予約の目的物の所有権を取得(その原因は、被控訴人主張によれば、右予約の完結である)すると同時に、当然に消滅するものであつて、右の所有権取得が仮りに対外的には対抗要件欠缺により効力がなかつたものとしても、桜井と今田との関係では、桜井への所有権移転と併行して存続するものではないから、この点からいつても被控訴人の請求は主張自体理由がない。そうすると、右予備的請求もまた認容することができない。最後に、被控訴人に対する本件家屋の二階の明渡請求につき按ずるに、右請求の原因は被控訴人の所有権に基くものと解すべきところ、被控訴人の主張自体によつても、控訴人は今田から本件家屋の所有権を譲受けてその登記を履践している者であつて、被控訴人の所有権は控訴人に取得順位の優先によつて対抗し得るというのであるから、被控訴人は本件家屋につき先ず控訴人に優先する本登記を経た上でなければ、その所有権を対抗し得ない筋合であり、本訴における控訴人に対する登記請求すらその理由のないこと前判断の通りであつて、右本登記が未だ完了していないこと明白であるから、被控訴人の所有権に基く本件家屋明渡の請求もまた理由がない。

さうすると、被控訴人の請求はすべてこれを認めることができないから、控訴人の控訴は理由があり、右請求を一部認容した原判決を取消し、右請求を棄却し、附帯控訴も棄却を免れない。よつて訴訟費用につき民事訴訟法第九六条第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 岡垣久晃 宮川種一郎 奥村正策)

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